2015年 9月16日〜30日
9月16日 ロビン〔調教ゲーム〕

 日本からケイが来た。

「ひさしぶり! ハイ。これ、おみやげのお茶とおせんべい」

 おれたちは彼をハグして迎え入れたが、熱烈というわけではなかった。
 エリックはあきらかに顔色が悪い。

「会えてうれしいよ」

 とお義理に言って、そそくさと二階にあがってしまった。
 アルが苦笑した。

「ごめんね。あいつ、うしろめたいんだ」

 おれたちみんな、うしろめたい。ケイはエリックのしでかした悪戯の後始末に来たのだ。
 イルカ御殿は半壊になった。焼け出されたのは、客だった。


9月17日 ロビン〔調教ゲーム〕

 火事の家にいたのはアマデオ・ルシエンテス。
 大物。それもまずいことにネガティブなほうの。

 彼はメキシコ麻薬カルテルの首領だった。こいつがどういうわけか、焼けた空き家の地下にいた。やけどこそしなかったが、二酸化炭素中毒で窒息死するところだった。まだ入院している。

「何してたんだよ、そいつは」

 ケイが聞いたが、おれたちにもわからない。フィルが言った。

「覚えてないらしい。ダイニングの穴から落ちて、頭を打ったみたいで、ここ数日の記憶がないんだ」


9月18日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ここ数日、おれたちは憂鬱だった。

 エリックのポカのおかげで、火事を出した。その上、ケガ人。それも犯罪組織のボス。凶悪な麻薬カルテルを敵に回すことになったら、ご主人様に類が及ぶ。それだけは避けたいことだ。

 ケイは言った。

「やっちまったことはしかたがない。仲間内の反省はきみらでやってもらうとして、対外的に責任をとらなきゃいけない。これから賠償請求がある。その前に、事実をあきらかにしておきたいんだ。エリックは本当に火事を起こしたのか?」


9月19日 ロビン〔調教ゲーム〕

 エリックは燃えるものを持ち込んだ覚えは無いという。
 彼の仕掛けは簡単だった。

 不気味な水槽を眺め、皆がナーバスになったところで、エリックがキモノを着て、枕カバーをかぶり、斧をふりあげて登場。ギャーと皆が逃げて、幕となるはずだった。
 フィルは言った。

「あいつ、きみにつれてってもらった京都のホラーハウスみたいにやろうと思ったんだよ」

「あああ。――で、枕カバーとキモノ、斧以外、ほかには何も持ち込んでないんだね」

「本人の話では」

「じゃ、なぜ燃えたんだよ?」


9月20日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 夏場は忙しかった。
 恋人を寝取られたの、ケンカだの、飼い猫が逃げ出したの。

 やっと、客たちが仕事に戻るという時になって、放火殺人未遂というとどめ。
 現場にむかう車の中で、ジェリーはすっかりふてくされている。

「ここはスラムの路地裏か。世界一安全な遊園地じゃねえのかよ」

「まったくだ。お客もそういいたいだろうね」

「だいたいマフィアのボスが会員になれるのが間違ってんだ。鉄砲の的が入り浸っているようなもんじゃねえか」

 おれは相槌を打った。やはり、敵対組織の仕業だろうか。


9月21日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 火事のあったイルカ御殿の地下入り口は封鎖してある。
 おれたちは地上の玄関に向かった。黄色いテープの前で、ハスターティ兵と若い東洋人客が何か揉めていた。

「どうしました?」

 東洋人客は、ハルキ・タカトウの代理人だと言った。

「彼の犬がこの火事に関与したか調査に来ました。現場を見せていただけないですか」

 タカトウの犬エリックは事件直前、この空き家に出入りしていた。オバケ屋敷の演出のためだと。
 彼は言った。

「エリックは火元になるものは何も持ち込んでいないというので」


9月22日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれは現場保全を理由に彼の立ち入りを断ろうとした。
 が、ジェリーは手袋と足のカバーを手渡し、

「ついてらっしゃい。なんも触らんように」

 代理人ケイ・ミサワ氏は靴を保護して、ともにイルカ御殿の中に入った。

 ドムスは中庭を中心にした基本的なつくりだ。
 中庭の庭木は焦げ、なぎ倒されている。ブロンズのネプチューン像も倒れていた。消防車の強力な放水で蹴散らかされてしまっていて、足跡もほとんどとれない。


9月23日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

「水槽は無事だったんだな」

 ジェリーが鼻息をついた。
 ダイニングの三面には巨大水槽がめぐっていた。消防の水が少したまっていたが、中はカラだ。

 ここの延焼が一番ひどい。椅子の足らしい炭が山になっている。おそらくこの椅子の山が火元だ。灯油が検出されたと聞いた。

 誰かが布張りの椅子を積み、そこに灯油をかけて火をつけた。

「この穴は?」

 ケイがダイニング中央に開いた丸い穴をのぞいていた。


9月24日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーが言った。

「エレベーターのあった穴ですよ。ここにも水槽があって、エレベーター式に上げ下げ出来たんだそうです。気に入っていたので、新しい家に取り付けるためにそこだけ持っていったらしいですな」

「え。持ち主、生きてるんですか」

「エスクィリヌス区にいますよ」

 あのやろう、とケイは苦笑した。

 エリックの話では、ここは幽霊屋敷で代々の持ち主は呪いで破滅したと聞いていたと。
 ジェリーは笑いながらも、

「エリックは誰からそれを聞いたんでしょうな。わかります?」


9月25日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ケイはエリックの怪談話の相手を知らなかった。彼は言った。

「もし、火事の原因がエリックなら、タカトウは賠償に応じる用意があります。だが、エリックが持ち込んだのは枕カバーとキモノ、手斧だけです。発火の原因とは考えにくい」

 さらに、と彼は続けた。

「ここの空き家は火災報知機等の設置もなく、長年放置されていた。肝試しのヒマ人が入れるほど、封鎖も甘い。この件の本質はヴィラの管理の不手際ではないですか」

 ジェリーは言った。

「こちらへおいでなさい」

 彼は階段を下りた。


9月26日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 おれもついていくと地下の入り口の前に立ち、ドアを示した。

「ここは寝室の入り口。鍵がかかっていました。この枠からエリックの指紋が出た」

 ケイの顔が少し引き締まった。ジェリーは言った。

「アマデオ・ルシエンテスは上の穴からこの寝室に落ちた。そして火がつけられた。寝室には鍵がかかり出られなかった。有毒ガスがたまり、彼は死ぬところだった。イタズラだとしたら、ちょっと悪質なイタズラだ」

 さらに、と彼は明かした。

「じつはアマデオのポケットから紙片が見つかりましてね」


9月27日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーは言った。

「そこにはここにくるようメッセージがあった。つまり計画的。もうイタズラとは言えんでしょうな。これは殺人未遂事件なんですよ」

 ケイは眉をひそめた。

「どんなメッセージです?」

「『水槽のなかで。金曜日。11時半。イルカ御殿』」

「指紋は」

「今分析中です。まあ、出んでしょうな」

 ケイは暗い地下を眺めやり、少し考えていた。

「おかしいですね。殺人を考えているなら、エリックはなぜ指紋を拭き取らなかったんですかね」


9月28日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーはあっさりうなずいた。

「そう。おかしい。エリックは誰かに嵌められたのかもしれない」

「――」

「ここでの殺人は重罪だ。誰かが手を汚したくなくて、エリックを使ったのかもしれんね」

 ジェリーは地下室をケイに見せた。
 天井に丸穴が開き、そこから光が落ちていた。高さは3メートルぐらいか。

「ここに小汚いペルシア絨毯があった」

 ジェリーは穴の下で言った。

「おそらく穴をふさいでいたものだ。被害者といっしょに下に落ちた。これも今分析中。放水でドロドロだ」


9月29日 ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 部屋は薄暗い。

 壁紙に古代神殿のようなイルカの柄があしらわれている。奥にバスルーム。出入り口は一箇所。ドアノブはレバー式で内からも鍵がかかるようになっている。


 ケイは聞いた。

「換気設備は」

「あれだ。だが、機能していなかった。電力なんだ」

 ケイはバスルームをのぞいて、すぐ出てきた。彼は笑った。

「吸殻とか、血痕とか、わかりやすいものがあればいいのに」

「あるのはコンドームと彫刻の刻まれた小石の破片、犬の皿ぐらいです」

「犬の皿?」


9月30日  ペドロ〔護民官スタッフ・未出〕

 ジェリーは言った。

「このシャワールームのそばに、ここのワン公が使うようなアルミボウルが落ちてた」

「なぜ? エサも?」

「エサはない。前の主人のものか確認中です」

「コンドームは」

「DNA検査中」

 ケイ、とジェリーは気安く呼んだ。

「おれたちも火事にエリックが関係ないことを願ってる。犬が客に危害を加えると、ペナルティが重い。だが、指紋もあり、前日に出入りしたこともあきらか。第一発見者ということも厳しいんだ。タカトウ氏には相当額の出費を覚悟してもらいたい」


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